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パリ五輪サーフィン日本代表・松田詩野──自然への愛を胸に決戦の舞台へ

8月号のデジタルカバーを飾ったのは、2024パリオリンピック、サーフィン日本代表の松田詩野選手。日本人でパリ2024大会の出場権を獲得した第一号選手である彼女が、初の大舞台を目前に控えた今の心境を語った。
2024パリオリンピック サーフィン日本代表・松田詩野が語る決意

快晴の湘南の空に、白峰の雄大な富士山が浮かぶ茅ヶ崎の海岸。そこにサーフボードを持って現れたのは、パリ五輪サーフィン日本代表の松田詩野だ。14歳でプロデビューした波の申し子が真っ直ぐに見つめる先にあるものは、来る最高峰の舞台でのメダル獲得。伝説のサーフスポットと呼ばれるタヒチ島チョープーで7月27日から始まる闘いを前に、アスリートとしての旅路が始まった地で彼女のパーソナリティをひもとく。

──サーフィンを始めたときのことをどう覚えていますか。

6歳のときに初めてサーフボードに立ったときのことは、今でも記憶に残っています。水面の上に立ったときの、陸とは全然違う浮いているような感覚と、海から見える砂浜の景色は特別で、そこからどんどんサーフィンに夢中になっていきました。

──プロになろうと決意したきっかけは?

子どものころから世界各地のサーフビデオを見ることが多く、海外の波への憧れがあったので、小��3年生ごろから大会に出場するようになりました。そこで自分の周りにはあまりいなかった女の子のサーファーに会い、「勝ちたい」という気持ちが大きくなっていきました。なので、プロになろうと意識していたというよりは、大会で1位になれなかった悔しさや、勝つまで続けたいという負けず嫌い精神が積み重なっていき今へとつながってきていると思います。

不撓不屈の精神で射止めた夢の舞台

サーフィンがオリンピック競技追加種目として採用された東京2020大会で、松田は19年に条件付きで代表に内定するも、コロナ禍の延期を経て挑んだ世界大会でほかの日本人選手よりも成績が残せず敗れ、惜しくも出場権を逃した。だが「あのときの経験が自分には必要だった」と松田が語るように、彼女は不屈の精神を最大の強みへと昇華させた。穏やかで温もりのある口調の裏には、確かな情熱が感じられる。

──大きな挫折や困難はどう乗り越えてきたのでしょうか。

掴みかけた東京五輪の切符を逃してしまったときは、とても悔しかったです。でもそこで夢を諦めずにパリを目標にし、リベンジしようという強い気持ちがあったからこそ、今大会の出場権を手に入れることができたと思います。また、家族や周りの人たちが一緒になって辛いときを乗り越えてくれて、次に向けて応援し続けてくれたことは大きな力となっています。その結果、パリの代表に内定したときは心の底からホッとしましたし、素直にうれしかったです。

──夢の舞台を目の前にした今、どんな気持ちですか。

ワクワクしています! そして、会場となるタヒチの波はパワフルなので、いい波に乗りたいという気持ちが強いです。

──世界中の波に乗る中で、タヒチは自身にとってどんな場所ですか。

タヒチは自然をすごく感じる場所で、海から見える山の景色がとても印象に残っています。去年初めて行き、地元の人たちの海に対する愛とリスペクトを強く感じましたし、サーフィンを通して改めてつながりを体感しました。例えば、島の天気は変わりやすいのですが、地元サーファーの人たちは空を見て、雲がこういう動きをしたら、どんな風が吹き、波がどう変化するかを教えてくれました。だから、サーフィンのスキルを上げて悔いのないように過ごすだけではなく、その場所への敬愛の念を常に持ち、風を読み、自然と調和していくことが大事。それによって、良い波が自分のところにくると信じています。

──地球との対話でもあるんですね。

自然から受け取っている力は偉大であり、大切な存在です。なので、昔に比べて地元の海岸侵食が進んでいたり、海に漂うプラスチックゴミを見ると悲しい気持ちになります。サーフィンをする仲間の多くは、気候変動環境問題への意識が高く、友人から学ぶことも多いです。小さなことですが、マイボトルやエコバッグを持ち歩くことは自然でスタイリッシュなことだと捉えています。アクションを起こしながらも、楽しむことを忘れない。海とともにあるスポーツだからこそ、競技外でも肌で感じる地球の危機や美しさを、日本だけでなく世界中の人たちに伝えながら行動したいです。

次世代のために明るい未来を

海が織りなす波という贈り物を受け取り、母なる地球と一体化し、心身の極限に挑む松田の勇姿は、人々に感動を与え、新たな可能性を示してくれる。それゆえやはり彼女には並々ならぬ期待が集まり、松田もまたその期待を正面から背負う。だが、こうした重圧にさらされているときこそ、原点回帰することがコツだという。

──心身を良い状態に保つためにしていることとは?

プレッシャーだと思うとプレッシャーでしかなくて、不安が押し寄せてくるのは当たり前だと思うんです。そういうときは、プレッシャーは自分でつくり上げてしまったものだと自覚して、純粋にサーフィンを始めたときの気持ちや楽しさを思い出し、プレイに集中することを意識しています。また、3年前から始めたのが、気持ちをノートに書き出す習慣。自分の良い点や反省点だけじゃなく、思っていることを書くことで、目標に悩んだときに頭の中を整理でき、ベストな選択は何かが見えてくる。ほかにも、心地の良い香りを嗅いでリラックスし、温泉に行くなどして、自分の体と向き合う時間を大切にしています。

──競技の前のルーティンは?

会場となる海で乗りたい波を見つけ、自分が良いライディングをしている姿を想像すること。自然相手なので一つとして同じ波はありませんが、イメージができているとうまくいくと実感しています。

──直前はどんな音楽を聞いていますか?

最近はXG。可愛いし、音楽に強さがあり気分が上がります。

──ロールモデルはいますか?

世界チャンピオンであり、東京五輪金メダリストのカリッサ・ムーア選手です。今も昔も常にトップを走り続け、大きな期待がかかる中でもしっかりと戦えている姿がかっこいい。その一方でムーア・アロハ・ファウンデーションを設立し、社会貢献にも心血を注ぐ姿勢をとても尊敬しています。

──ご自身も、次世代との関わりを大切にされていると。

私の壮大な夢なのですが、「明るい未来にしたい」と本気で思っています。なので、好きなことに夢中になって進むことの豊かさを伝えたいし、未来をつくる子どもたちの夢を後押しし、良いエネルギーやパワーを与えたい。先日は中学生たちと一緒にビーチクリーンをし、みんなで夢をシェアしながら叶えていく方法を一緒に語り合いました。夢を言葉に出すことって、実はすごく大切だと思います。純粋でキラキラと輝く次世代の未来を盛り上げていきたいです。

Profile
松田詩野
2002年8月生まれ。神奈川県茅ヶ崎市出身。2023年6月にエルサルバドルで開かれたISAワールドサーフィンゲームスでアジア最高位を獲得しパリ五輪日本代表に内定。翌年2月にプエルトリコで行われた大会で正式に決定した。華麗なレールワークからの、ダイナミックなターンに注目。

Photos: Teruo Horikoshi Hair and Makeup: Lisa Tateyama Text: Mina Oba Editor: Sakura Karugane